札幌地方裁判所 昭和26年(行)26号・昭26年(行)27号・昭26年(行)25号 判決
原告 山田美津江 外二名
被告 北海道知事
一、主 文
昭和二十六年七月五日当時の北海道農業委員会が別紙目録記載第一(原告山田所有)、第二(原告三部所有)、および第三(原告岩田所有)の各土地ならびに該土地上の立木について原告らがした訴願を棄却した各裁決はこれを取り消す。
昭和二十五年二月二十三日当時の訴外当別町農地委員会が前項の土地ならびに立木についてたてた各買収計画はこれを取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
第一、当事者の申立
原告らは、主文同旨の判決を求め、
被告訴訟代理人は、原告らの請求を棄却する、訴訟費用は原告らの負担とするとの判決を求めた。
第二、当事者の主張
(原告らの請求原因)
一、別紙目録記載第一の各土地(以下本件第一の土地と略称する。)は原告山田美津江の、同第二の各土地(以下本件第二の土地と略称する。)は原告三部ソヨの、同第三の各土地(以下本件第三の土地と略称する。)は原告岩田美明の各所有であるところ、昭和二十五年二月二十三日当時の訴外当別町農地委員会は、右各土地ならびに同土地上の立木につき、旧自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する。)第四十条の二第四項第五号、第六項第一号により買収計画をたてた。しかしながら、右各土地の買収計画は、いずれもつぎの理由により違法である。
(一) 本件第一ないし第三の土地(以下本件土地と略称する。)は、いずれも山林である。すなわち、
1 原告山田所有の本件第一の土地は、公簿上原野と表示されているが、現況はいずれも山林である。右土地は、昭和二十一年に訴外当別町森林組合によつて森林法にもとずく施業案が編成され、これにつき昭和二十四年四月二十五日に被告の認可があつたいわゆる施業案地区に編入された土地であつて、原告山田は本件第一の土地全部について人工造林および天然更新による営林事業を企図し、その約十町歩は右施業案の伐採計画にしたがい天然更新を実施してきたために、その部分には現在樹齢二十年ないし四十年のナラ、カバ、などの闊葉樹が繁茂し、蓄積石数は一町歩当り百石余を算し、樹冠の疎密度も三十パーセント以上である。もつとも、残余の約九町歩についての植林計画実施は戦時中苗木および労力の不足等によりやむを得ずおくれているが立木の保護、手入れは実施しているから原告山田の土地使用目的が林木育成にあることは明らかである。
2 原告三部所有の本件第二の土地のうちには公簿上原野と表示されているものがあるが、現況はすべて山林である。右土地は本件第一の土地と同様前記施業案地区に編入された土地であつて、原告三部は人工造林および天然更新による営林事業を企図し、既に昭和十三年春にその約八町歩の範囲にカラマツを植栽し、かつ伐採して天然更新を図つてきたため、現在その全域にわたり樹齢三十年ないし五十年のナラ、カバ、イタヤなどの闊葉樹が繁茂し、蓄積石数は一町歩当り四百石余りを数え、樹冠の疎密度も三十パーセント以上に及んでいる。
3 原告岩田所有の本件第三の土地は、公簿上原野と表示されているが、現況はすべて山林である。右土地は前同様施業案地区に編入された土地であつて、原告岩田は人工造林および天然更新による営林事業を企画し、既に昭和十四年から同十八年までの間にその約五町歩の地域にカラマツを一万四百五十本を植栽し、更に残余の土地中約五町歩には天然更新を図り、そのために右の合計約十町歩には現在樹齢二十年ないし四十年のナラ、カバなどの闊葉樹が繁茂し、蓄積石数は一町歩当り百石余を算し、樹冠の疎密度も三十パーセント以上である。もつとも、その余の地域には戦時中の苗木や労力の不足などで前記施業案実施がおくれているが、土地使用目的が林木育成にあることは明らかである。
(二) 本件土地は、いずれも牧野ではない。すなわち、本件土地は野草の成育が不良であるため牛馬の放牧、採草に適しないばかりでなく、いまだかつてその目的に供されたことのない地域であるから、自創法第四十条の二第四項第五号にいわゆる牧野に該当しない。
(三) 本件山林は、水源涵養林として、または治山治水上欠くことのできないものである。とくに、本件土地を貫流する沢はその下流で流れをせきとめて貯水池をつくり、その水は水田十五町歩の耕作のために利用されているから、本件土地および山林が買収されると右水田は枯渇することになる。その故に当別町および附近農民は一致して本件買収計画の取消を懇望しているほどであるから、本件買収が、農業生産力の増強、耕作者の地位の安定を企図する自創法の目的に反することは明らかである。
二、以上のようにいずれの点からしても本件買収計画は違法であるから、原告らは法定の期間内に異議の申立をなしたが、昭和二十六年二月十五日に棄却されたので(原告山田については同年一月十五日棄却されたとあるのは二月十五日の誤記と認める。)、更に法定期間内に当時の北海道農業委員会に訴願したがこれまた同年七月五日付裁決書で棄却され、同年十月四日原告らはその謄本の送付を受けた。しかしながら、前記のように本件買収計画は、違法であつて取り消さるべきものである。したがつて、原告らの訴願を棄却した当時の北海道農業委員会の裁決もまた違法であるから、両者の取消を求めるため本訴請求に及んだ。
(原告らの請求原因に対する被告の答弁)
一、原告らの主張事実中本件第一ないし第三の土地が各原告山田、同三部、同岩田の所有土地であつたこと、原告ら主張の日時に当時の訴外当別町農地委員会が本件土地および土地上の立木につき買収計画をたて、これに対し原告らが法定期間内に異議申立をしたが棄却されたので更に法定期間内に当時の北海道農業委員会に訴願したけれども棄却されたこと、原告主張の日に、原告らに訴願棄却の裁決書謄本が送付されたこと及び本件土地がいずれも牛馬の放牧もしくは採草の目的に供されたことのない地域であることはいずれも認める。しかして、本件第一ないし第三の土地に天然林が、また本件第二、第三の各土地には人工林がそれぞれ存在していること、天然林の樹種はカバ、ハン、ナラ、イタヤ、シナであり、樹齢は十五年ないし三十年であることはいずれも争わないが、その余の事実はいずれもこれを争う。
二、本件買収はいずれも認定買収であるところ、右買収計画はつぎの理由により違法である。
(一) 山林であるとの主張について。
本件第一の土地はそのうち約四町歩が、本件第二の土地はそのうち約三町歩が、本件第三の土地はそのうち約五町歩がそれぞれ立木地域ではあるけれども、残余の部分はいずれも立木がなくそのまゝ放置されている現況であり、樹冠の疎密度は三十パーセント以下であること、および植林した事実がないことなどから、本件土地は、林木育成のために使用されているものではないから山林ではない。
(二) 牧野でないとの主張について。
自創法第四十条の二第四項第五号にいわゆる牧野とは、現実に放牧または採草の用に供されたことがなくても、客観的にみて正常な状態ならば放牧または採草の用に供されているはずであり、放牧または採草しようとすればいつでもなしうる状態にある土地をいうのである。本件土地が下草の発生状況、水利の便、樹冠の疎密度が三十パーセント以下であることなどから牧野であることは明白である。
(三) 治山治水の関係について。
本件土地を牧野として利用することはかえつて当別町農民の放牧採草をたすけ耕作者の地位を安定させるから、本件買収は、自創法の目的に適合する。
三、以上の理由により、本件土地が自創法第四十条の二第四項第五号に該当するものと認定してした本件各土地の買収計画には何ら違法の点はなく、これを前提として同法同条第六項第一号によりたてた本件立木の買収計画にも何ら違法のかどがない。したがつて、原告らの訴願を棄却した当時の北海道農業委員会の裁決もまた適法である。
証拠関係<省略>
三、理 由
一、別紙目録記載第一の各土地が原告山田美津江、同第二の各土地が原告三部ソヨ、同第三の各土地が原告岩田美明の各所有に属していたこと、昭和二十五年二月二十三日当時の訴外当別町農地委員会が右の各土地ならびに同土地上にある立木について自創法第四十条の二第四項第五号、第六項第一号により買収計画をたてたこと、右買収計画につき原告らが法定期間内に同訴外農地委員会に対して異議申立をし、同委員会が昭和二十六年二月十五日異議申立を棄却したこと、原告らが右異議申立の棄却を不服として更に法定期間内に当時の北海道農業委員会に対して訴願をしたところ同委員会は同年七月五日訴願棄却の裁決をし、右裁決書謄本がそれぞれ同年十月四日原告らに送付されたことはいずれも当事者間に争のないところである。よつて、昭和二十五年二月二十三日に当時の訴外当別町農地委員会がした右買収計画が違法であるかどうかの点を判断する。
二、自創法第二条第一項に、牧野とは家畜の放牧または採草の目的に供される土地(農地ならびに植林の目的その他家畜の放牧および採草以外の目的に主として供される土地を除く。)をいうとある。そこで本件買収各土地を具体的にみると、
(一) 本件第一の土地は、
(1) 検証および鑑定の結果によれば、字上当別二千九百二十番地の一の東側を南北にかなり深い沢が貫流し、その沢に面する両側は土地が侵蝕されていて急傾斜をなし、その傾斜が四十度以上の個所もある。この部分の生草はクマイザサ、シダ類などで、生木は沢の西側(検証調書添付林相図小班を、および鑑定書添付林相図小班を、以下検証調書添付林相図小班および鑑定書添付林相図小班を掲記する場合にはいずれもこれを林相図小班と略記する。)の面積約一町九反八畝歩には樹齢十五年ないし三十年のカバ、ハン、ナラ、イタヤ、シナが多数混合して生立し(樹種および樹齢については被告において争わないところである。)、材積は約二百三十八石、樹冠の疎密度約六十パーセント、また、沢の東側(各林相図小班わ)の面積約四町六反歩には前同様の樹木(樹種および樹齢については被告において争わない。)が生立し、材積は約七百八十二石、樹冠の疎密度は約六十五パーセントの各天然林であること、草は沢の両側ともかなり密生してはいるけれども樹木の間にはさまれて生立しているにすぎないし、また、樹冠の疎密度は右のように相当高いことをそれぞれ認めることができる。しかして右のような認定事実から本件第一の土地のうち字上当別二千九百二十番地の一および二千九百二十一番地の一は、その各一部(各林相図小班るの一部およびか)を除く約六町五反八畝歩が樹林地であると認定する。証人佐々木忠雄の証言をもつてしてはいまだ右認定を左右するに足りない。
(2) 右に認定した樹林地を除くその余の土地(各林相図小班る、ぬ、か)は、検証および鑑定の結果によれば一帯に緩傾斜のなだらかな台地となつた未立木地であることが認められる。そこで右土地が未立木地である理由を考察してみると、証人近藤勝、同山田政太郎の各証言の結果を綜合すれば、昭和十年頃原告山田の父親がその約三町歩の範囲にカラマツ一万本をうえたこと、右カラマツはその後野鼠の被害と昭和二十二年頃の山火事による焼失のため現在それらの人工林が残つていないこと、被害のあつた後は終戦直後のことで苗木や労力の不足および本件買収計画がたてられたことなどから植林を予定しながら実行できなかつたことをそれぞれ認めることができる。右認定事実によれば、植林したカラマツが野鼠の被害と山火事によりなくなつた後は原告山田は右土地に対して植林をしないし、現在も未立木地ではあるけれど、それは苗木や労力の不足による特別の事情に原因することであるから、右土地の買収計画樹立当時植林がされていなかつたとしても、そのことからたゞちに原告において右土地に対して植林の意図がなく未立木のまゝ放置していたものと断定することはできないのであつて、右植林のできなかつた事情ならびにかつて植林のなされたことを併せ考えると、原告が右土地に対し植林の意思を有していることを推認することができるのである。
(3) ところで、成立に争のない甲第四号証の一ないし四および証人近藤勝の証言の結果を綜合すると、訴外当別町森林組合は当別町地区内の民有林についていわゆる施業案を編成し、昭和二十四年四月二十五日当別町森林組合施業案の名称で北海道林務部長名義の認可をうけ森林施業を実施しており、本件第一の土地は右施業地区の一部であることがそれぞれ認められる。
(4) しかして右(1)ないし(3)において認定してきた事実を綜合してみると、本件第一の土地はその全部が当別町森林組合施業案の実施による造林の対象地とされている一方、その東側約六町五反八畝歩には天然の樹林地帯が存在しており、その余の土地については原告山田においてかつてカラマツ一万本を植林して造林を図り、現在も林木育成のために植林する意思を有しているのであるから、結局本件第一の土地は林木育成の目的に供されているもので全体として山林であるというべく、したがつて牧野ではないと認めるのが相当である。
(二) 本件第二の土地は
(1) 検証および鑑定の結果によれば、字上当別二千九百六十番地の南側および三千百七十五番地の北側をそれぞれ西より東の方に沢が深く入り込み、それらの沢に面する両側は土地が侵蝕されていて相当の急傾斜をなしている。また、同二千九百六十番地の北側が隣地と接する部分、同三千百七十五番地の中央部および同三千百七十四番地の南側にもそれぞれ西より東に沢が深く入り込んでいる。これらの沢を含む地域(各林相図小班いおよびへ)の生木は樹齢十五年ないし三十五年のカバ、ハン、イタヤ、ナラ、シナであつて多数混合して生立し(樹種および樹齢については被告において争わないところである。)、材積は約二千二百二十七石、樹冠の疎密度約七十五パーセントの天然林であること、その生立地域は右に認定した沢が各平行して入り込んでいるので、その各先端をそれぞれ丸くつゝむようにしながら波状をなすところの総面積約八町七反九畝歩であること、生草はクマイザサ、シダ類などでかなり密生しているけれども樹木の間にはさまれて生立しているにすぎないし、また、樹冠の疎密度は右のように相当高いことをそれぞれ認めることができる。しかして右のような認定事実から本件第二の土地のうち字上当別三千百七十三、四番地の各全部と同二千九百六十番地、同三千百七十一番地、同三千百七十五番地の各その一部を除く部分および同二千九百六十一番地、同三千百七十二番地の各一部の合計約八町七反九畝歩(各林相図小班いおよびへ)は樹林地であると認定する。証人佐々木忠雄の証言をもつてしてはいまだ右認定を左右するに足りない。
(2) 右に認定した樹林地を除くその余の土地(各林相図小班ろ、は、に、ほ)は、その一部に人工林が存在することは被告において争わないものであるところ、検証および鑑定の結果によれば、右土地は南北に細長い地形をしていて、人工林はその南側の二箇所(各林相図小班は、に)にいずれも樹齢約十五年のカラマツが生立し、そのうち一箇所(各林相図小班は)のカラマツは野鼠に喰われて散生の状態にあり、その余の部分は未立木地で右人工林の部分とともに緩傾斜のなだらかな台地をなしていることが認められる。そこで右土地の人工林の部分以外が未立木地である理由を考察してみると、証人近藤勝、同三部喜三郎の各証言の結果を綜合すると、原告三部の夫は大正九年に前記認定の天然林地帯を除いた土地にカラマツ約二万五千本をうえたこと、この植林は成功して昭和十四、五年頃伐採して売却し、その翌年頃更にその跡にカラマツ一万二、三千本を植林したこと、ところがそれらの樹林は本件第一の土地における植林の場合と同様に、野鼠の被害と山火事による焼失のため現在はほとんど残つていないこと、その後は終戦直後のことで苗木や労力の不足から植林をすることができなかつたことをそれぞれ認めることができる。右認定事実によれば、昭和十五、六年頃原告三部において植林したカラマツの一部が野鼠の被害と山火事によりなくなつた後は、原告三部は右土地に対して植林をしないし、現在も人工林の残存部分を除いては未立木地ではあるけれど、それは苗木や労力の不足による特別の事情に原因することであるから、右土地の買収計画樹立当時植林がなされていなかつたとしても、そのことからただちに原告三部において右土地に対して植林の意図がなく未立木のまゝ放置していたものと断定することはできないのであつて、右植林のできなかつた事情ならびに原告三部において大正九年と昭和十五、六年頃にカラマツを植林したこと、現在も一部に人工林が残存していることなどを併せ考えると、原告三部は右土地に対し植林の意思を有していることが推認できるのである。
(3) ところで、成立に争のない甲第四号証の一ないし四および証人近藤勝の証言の結果を綜合すると、訴外当別町森林組合は当別町地区内の民有林についていわゆる施業案を編成し、昭和二十四年四月二十五日、当別町森林組合施業案の名称で北海道林務部長名義の認可をうけ森林施業を実施しており本件第二の土地は右施業地区の一部であることがそれぞれ認められる。
(4) しかして右(1)ないし(3)において認定してきた事実を総合してみると、本件第二の土地はその全部が当別町森林組合施業案の実施による造林の対象地とされている一方、その西側約八町七反九畝歩には天然の樹林地帯が存在しており、その余の土地については原告三部において大正九年に約二万五千本、昭和十五、六年頃には約一万二、三千本の各カラマツを植林して造林を図り現在も林木育成のために植林する意思を有しているのであり、なお、その一部に人工林も存在しているなどから結局本件第二の土地もまた林木育成の目的に供されているもので全体として山林であるというべく、したがつて牧野ではないと認めるのが相当である。
(三) 本件第三の土地は
(1) 検証および鑑定の結果によれば、本件第三の土地は本件第一の土地の北側に続く土地である関係から、その地相は、本件第一の土地のそれが延長されている。すなわち、本件第一の土地を貫流している沢が本件第三の土地の南端より入り込んで北に貫流しており、その沢に面する両側は土地が侵蝕されていて急傾斜をなしその傾斜が四十度以上の箇所もある。その表面は土壤が崩れ落ちている。この部分の生草はクマイザサ、シダ類などで、生木についてみると、沢の西側(各林相図小班ね)の面積約二町一反三畝歩に樹齢約十五年ないし三十年のカバ、ハン、ナラ、イタヤ、シナが多数混合して生立し(樹種および樹齢については被告において争わないところである。)、材積は約百四十九石、樹冠の疎密度約六十パーセント、また沢の東側(各林相図小班な)の約九町六反歩に樹種および樹齢については右同様の樹木が生立し(被告において争わないこと前同様である。)、材積は約三千六十九石、樹冠の疎密度約八十五パーセントの各天然林であること、草はかなり密生しているけれども樹木の間にはさまれて生立しているにすぎないし、樹冠の疎密度は本件買収各土地の天然林地帯に比較して最も高いことがそれぞれ認められる。しかして右のような認定事実から、本件第三の土地のうち沢に沿う両側の合計約十一町七反三畝歩(各林相図小班ねおよびな)は樹林地であると認定する。証人佐々木忠雄の証言をもつてしてはいまだ右認定を左右するに足りない。
(2) 右に認定した樹林地を除くその余の土地について考えると、その一部に人工林が存在することは被告において争わないものであるところ、検証および鑑定の結果によれば右人工林は四箇所にそれぞれまとまつて存在している。そしてそのうち三箇所(各林相図小班れ、そ、およびつ)にはカラマツ、他の一箇所(各林相図小班た)にはトドマツが各生立し、樹齢はいずれも約十年、樹冠の疎密度も約七十パーセント(各林相図小班その部分)あるいは約八十パーセント(各林相図小班つおよびれの部分)であること、また、右人工林を除くその余の部分は未立木地で右人工林の部分とともに緩傾斜のなだらかな台地をなしていることがそれぞれ認められる。そこで右土地のうち人工林の部分以外が未立木地である理由を考察してみると、証人近藤勝の証言、原告岩田の本人尋問ならびに検証の各結果を綜合すると、原告岩田は昭和十四年頃に、現在人工林の部分にカラマツ九千五百本、トドマツ五百本を、またそのほかにもカラマツを各植林したが、そののち兎や野鼠のために右植林が被害をうけたこと、その被害の補修をするために更に植林しようと思つているうちに原告岩田はその弟とともに昭和十四年十二月に応召し、昭和二十二年に至つて復員帰郷したため、その間は植林についてなんら手入れができなかつたし、復員帰郷後植林しようと思つても苗木が不足していてその実行ができなかつたことをそれぞれ認めることができる。右認定事実によれば、原告岩田は昭和十四年頃にカラマツ、トドマツを植林したところその一部が兎や野鼠に喰われてなくなつてしまつたが、そののちは原告岩田において植林をしないし現在も人工林の残存部分を除いては未立木であるけれど、それは苗木や労力の不足によること、ことに昭和十四年十二月に原告岩田が弟とともに召集をうけてから昭和二十二年に復員帰郷するまで不在であつたことなど特別の事情に原因することであるから、右土地の買収計画樹立当時植林がなされていなかつたとしても、そのことからただちに原告岩田において右土地に対して植林の意図がなく未立木のまま放置していたものと断定することはできないのであつて、右植林のできなかつた事情ならびに原告岩田において昭和十四年頃にカラマツ、トドマツを植林したこと現在も一部に人工林が残存していることなどを併せ考えると、原告岩田は右土地に対し植林の意思を有していることが推認できるのである。
(3) ところで、成立に争のない甲第四号証の一ないし四および証人近藤勝の証言の結果を綜合すると、訴外当別町森林組合は当別町地区内の民有林についていわゆる施業案を編成し、昭和二十四年四月二十五日、当別町森林組合施業案の名称で北海道林務部長名義の認可をうけ森林施業を実施しており、本件第三の土地は右施業地区の一部であることがそれぞれ認められる。
(4) しかして右(1)ないし(3)において認定してきた事実を綜合してみると、本件第三の土地はその全部が当別町森林組合施業案の実施による造林の対象地とされている一方、その東側約十一町七反三畝歩には天然の樹林地帯が存在しており、その余の土地については原告岩田においてかつてカラマツ、トドマツを植林して造林を図り現在も林木育成のために植林する意思を有しているのであり、なおその一部に人工林も存在していることなどから、結局本件第三の土地もまた林木育成の目的に供されているもので全体として山林であるというべく、したがつて牧野ではないと認めるのが相当である。
三、以上それぞれ認定してきたように、本件第一ないし第三の土地はいずれも全体として山林であつて牧野とはいえないから、自創法にいわゆる牧野として認定買収の対象土地とはならないものといわねばならない。してみれば昭和二十五年二月二十三日に当時の訴外当別町農地委員会が原告ら所有の本件各土地について自創法第四十条の二第四項第五号に該当するものと認定してなした本件各土地の買収計画は違法であり、これを前提として同法同条第六項第一号によりたてた本件立木の買収計画もまた違法であるからいずれも取り消さるべく、したがつて原告らが更に当時の北海道農業委員会に対してなした適法な訴願を棄却した昭和二十六年七月五日付裁決もまた違法であるから取り消さるべく、原告らの主張はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 猪股薫 中村義正 秋吉稔弘)
(目録省略)